« ユリョン | トップページ | 終戦のローレライ II »

2005.01.30

公会計 国家の意思決定とガバナンス

4757121415.09.MZZZZZZZ[1]
公会計 国家の意思決定とガバナンス 桜内文城 NTT出版 \3,570

 昨年秋に著者が出した「公会計革命」に続く「公会計」ものです。ここでいう「公会計」とは、「いわゆる」つきの公会計ではなく、著者が体系化したオリジナルの一連の体系としての日本発のコンセプトである括弧つきの「公会計」を意味しているようです。だからこそ、そういうタイトルになっているのでしょう。

 「公会計革命」が新書版であったことや発売時期を考えると、同書が「予告編」で本書が「本編」という意図なのでしょうか。ただし、大学教授(著者は新潟大学の教授)が書かれた本なので学術書の体裁(引用が丁寧についています。)がとられてはいますが、その一方、専門知識を前提とせずに読めるように配慮されているようです。実際、私には本書の方が読みやすく感じました。ま、これは原作を読んでから観た映画のような感覚なのかもしれませんが。
 そもそも公会計って分野は、会計学をバックグランドに持っている人たちと財政学に拠って立つ人たち、そしてそれぞれの領域での実務に携わる多くの人たちの間で、時にはまともにぶつかりながらも、お互いに「理解不能」、「許容できない」とかですれ違いまくりながら今日まできてしまったように感じます。会計学はミクロの、財政学はマクロの夫々の経済学の領域に関連が深いはずですが、実際にはあんまり学際的な動きは感じられませんね。そういった意味でも本書は、「超」学際的内容で楽しめます。もっとも、こういった見方は日本国内だけであって、欧米ではここまでの垣根、溝は高くも深くもないのかもしれませんが。

 本書では「処分・蓄積勘定(損益外純資産変動計算書勘定)」に象徴されるように、純資産の分析可能性が重要であると訴えられており、純資産とは何か?を問うています。個人的には、純資産が資本か持分かという論点は、財務諸表の対象となっている存在を(活動の場としての)主体としてみるか(所有者として)客体としてみるかの視点の違いによる表裏一体のもののような気がしているのですが、本書の回答は・・・気になる方はお読みください。

 国家の意思決定とガバナンスに資する「公会計」が必要であるとの著者の主張には、次のような記憶とシンクロしました。大学に入ったとき、経済学の本を何か、と迷って一番ぶ厚そう(大判だし)だったのでサミュエルソンの「経済学(もちろん都留重人さんの邦訳版です。)」を買ったのですが、「経済学を理解するためには、基礎的な会計学と簿記の理解が必要である。」として結構なページ数(数十ページあったような気がします。)を割いていたことです。

 それにつけても、これだけ欲張った内容を300ページにまとめるのは大変だったってことは、容易に想像がつきます。カバーしている範囲が広いだけに、ちょっとした事典代わりにも使えそうな気もしました。近々JICPAジャーナルに書評が載るとも聞きましたが、専門誌だけでなく日経はじめ一般紙での書評にも期待したい一冊です。

|

« ユリョン | トップページ | 終戦のローレライ II »

「書籍・雑誌」カテゴリの記事

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/60334/2741428

この記事へのトラックバック一覧です: 公会計 国家の意思決定とガバナンス:

« ユリョン | トップページ | 終戦のローレライ II »