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2007.04.01

公立炎上

433493405601_aa240_sclzzzzzzz_v25088969_ 公立炎上 上田小次郎 光文社 ¥1,000

 現在一時的に休職中なるも、現役高校教師の手になる1冊。おなじみの千円ペーパーバックスの最新刊です。本書の紹介は、下記のAMAZONの引用をご参照いただくとして、本書の中でもっとも衝撃的であったのは、著者による「あとがき」でした。ネタバレになるのでここでは明かしませんが、著者自身が記しているように、そこに書いてある心情こそが、今の公立校の現実をまさに反映していると受け止めました。

 <<AMAZONからの引用>>

出版社/著者からの内容紹介
本書は、現役の高校教師が、自らの教員生活を振り返り、現在の
公立校の悲惨な状況をひたすら書き綴ったものだ。筆者は、今の公立校には、真
剣に教育を考えている教師などほとんどいない、と断言する。教師はただ、給料
と将来の安定にしがみついている学校の寄生虫であると言い切る。そし
て、筆者自身もまた、そんな1人になってしまったと吐露する。かつては教育に
対する熱意を持っていた教師たちも、教育現場で過ごすうちに、教育どころの話
ではなくなってしまう。
7年間の教員生活の中で筆者が出会ったのは、生活費をもらえずキャバクラで働
く生徒、理解不能のクレームをつけてくる親、生徒を殺したいと言う教師たち
だった。この悲惨な日常の中で、教師たちは壊れていく。
学校・教師がなぜ、こんなことになってしまったのか?なぜ教師は寄生虫にま
で成り下がってしまったのか?それを知りたくて、筆者は100人を超える教育関
係者に取材した。
本書は、いわゆる教育論を語るものではない。筆者は、自らの経験や取材で得
た今の教育現場の実状を知らせることに注力している。それを知るだけで、現在
の日本の公教育がいかに危険な域に達しているかがわかるだろう。

著者について
明治大学文学部卒。現役高校教師。公立高校3校で実質7年間教壇
に立つ。学生時代よりライター活動も行い、週刊誌などに教育問題に関するコメ
ント等を寄せる。著書に『教師のしくみ』(ソフトマジック、2003年)。

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コメント

読むのが怖いです・・・・・

投稿: Mizo | 2007.04.02 19:02

学校荒廃と聞けば「愛と誠」を思い出す。なんか殺伐として漫画だったけど・・今も高校はあの状態なのだろうか?(漫画の方が過激だと信じたいが・・)

投稿: とんぼ | 2007.04.02 19:24

今日買いましたが、背筋が寒くなる話ですね。

なお本書は新装開店「丸善」日本橋店で買ったのですが、書名うろ覚えで「光文社ペーパーバックの確か『公立崩壊』だったかと・・・」と間違った書名を告げてしまったところ、店員さんは「わかりました!」とちゃんと本書を持ってきてくれました。
こういうことがあると本当に嬉しいですね。店名宣伝しておきます。

投稿: Mizo | 2007.04.04 20:14

コメントを頂いたのにレスが遅くなってスミマセン。

「愛と誠」ですか。私は早乙女愛より高原由紀派でしたが。昔の漫画で荒れた学校といえば、「男組」が印象に残っています。リアルな絵の割には、荒唐無稽な設定でしたし。当時、小学生でしたが学生服姿の暴走族(そのころはカミナリ族と呼んでいましたが)も結構いたりしたこともあり「高校って恐ろしいところなんやなぁ。」
と感じていました。一方で、「飛び出せ青春」の太陽学園が楽園に感じられたりして、東京の高校は恐ろしいけど、海が近くにある高校は楽しい、なんてステレオタイプの解釈をしていました。

「公立炎上」にせよ「公立崩壊」であっても、どっちにしても勘弁してもらいたいですよね。一方で、書店は炎上も崩壊もしていなかったってことで、ちょっと救われるような気がしました。わが国も捨てたモンじゃないですね。

投稿: 凡太郎 | 2007.04.08 18:45

学校のあり方、先生のあり方について非難も多く、論議される中この鹿嶋先生には、頭が下がります。
真剣に「人」と接すれば、なんとかなるじゃないかと思いました。
http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/070403/index.html

投稿: とんぼ | 2007.04.09 16:26

公立小・中学校って、環境に対応していない鍋蓋型組織になっていないように感じます。それゆえ、学級内で問題が生じた際に組織的対応ができず、個々の教師が独力で解決することを強いられているのではないでしょうか。
 「教育」を巡る問題は、時代の変遷とともに諸々に変わっていますが、日教組の存在ゆえか学校という器に関する組織論的アプローチが軽んじられてきたように思います。その結果、教師個人のパフォーマンス次第で、ことの成否が決まってしまったように感じます。そして、その最大の犠牲者は、ほかならぬ子供達だったと受け止めています。

投稿: 凡太郎 | 2007.04.15 14:39

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