出版社/著者からの内容紹介拡大する教育格差をレポートする1冊!
親の所得格差、家庭の文化格差、居住する地域の格差、そして公立と私立の格差。そういった格差と、子どもの学力との関係を多面的に描き出します。
上にはお受験する子どもたちがいて、下には崩壊家庭の子どもたちがいます。そして“普通”である真ん中の子どもたちは、ゆとり教育による公教育の切り下げによって地盤沈下しつつあります。そんな現状を描き出します。
そして、日本の教育の将来の姿を描き出します。学歴社会に代わって新たに生じてくるスコア社会とは何か? それは最終章にて。
本書は、現状を前にして「これでいいのか?」という問題提起をすると同時に、「わが家はどうするか?」を考えるための見取り図を提供します!
内容(「BOOK」データベースより)
小泉構造改革の負の側面である経済格差。この経済格差が学力格差に直接反映されるようになってきている。なぜ反映されるのか?それは「教育の機会均等」がすでに幻想でしかないからだ!偏差値レースに参加しようと思えば、高校から大学だけで1000万円が必要なうえ、すでに選抜の主戦場は中学受験に移りつつあるため、その費用はさらに増す。そのうえ、学費の個人負担が先進国のなかで日本は最も多い。つまり、教育も市場原理で動き、学歴は努力による業績ではなく、生まれによる属性で決まる社会になっているのだ!もうまもなく国民の9割が人生のスタートラインにすら立てない社会が到来する。
内容(「MARC」データベースより)
教育が二極化しつつある状況と、多彩になりつつある教育の現場をレポート。そこにあるさまざまな格差を描き出し、学歴が努力による業績ではなく、生まれによる属性で決まる絶望社会日本を告発する。
著者からのコメント
経済格差と教育格差について、20年余りにおよぶ思いをまとめた1冊です。親の所得、家庭の文化、地域……。そういった要素と子どもの学力との相関についてレポートしました。国会議員の方々に、学齢期の子どもを育てている方々に、そして教育について関心をお持ちの方々に、手に取っていただけたらと思っております。
カバーの折り返し
小泉構造改革の負の側面である経済格差。
この経済格差が学力格差に直接反映されるようになってきている。
なぜ反映されるのか?
それは「教育の機会均等」がすでに幻想でしかないからだ!
偏差値レースに参加しようと思えば、高校から大学だけで1000万円が必要なうえ、
すでに選抜の主戦場は中学受験に移りつつあるため、その費用はさらに増す。
そのうえ、学費の個人負担が先進国のなかで日本は最も多い。
つまり、教育も市場原理で動き、学歴は努力による業績ではなく、
生まれによる属性で決まる社会になっているのだ!
もうまもなく国民の9割が
人生のスタートラインにすら立てない社会が到来する!
著者について
幅広く活動するフリーライター。
1965年東京都生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)育ち。東大合格者数日本一を誇る開成中学に入るも、学力不振で追い出され、私立錦城高校を経て同校初の東大合格者に。アップダウンの激しい人生で8年かかって教育学部を卒業し、出版社勤務を経てフリーライターになる。
現在は2人の娘を持つ家庭人でもある。教育問題、格差問題に深く関心を持ち、それが本書となった。麻雀の腕もプロ級で、著書に『麻雀検定』(竹書房、全4冊)、『アカギ悪魔の戦術』(竹書房、全3冊)、「経済の黒帯シリーズ」(宙出版、全5冊)などがある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
福地 誠
1965年東京都生まれ、埼玉県育ち。東大合格者数日本一を誇る開成中学に入るも、学力不振で追い出され、錦城高校を経て同校初の東大合格者に。アップダウンの激しい人生で8年かかって教育学部を卒業し、出版社勤務を経てフリーライターになる。現在は2人の娘を持つ家庭人でもある。教育問題、格差問題に深く関心を持つ(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
2006年春、大阪府に住む知人Aさんのお嬢さんが高校受験をした。まず私立を受けて合格し、それから公立の前期でトップ校を受けて落ち、後期で2ランク落とした中堅高校を受けて合格した。結局、後期に受かった公立へ行くことにしたが、授業料等払い込みの手続きに行き、早くもこの選択を少し後悔したという。生徒も保護者も雰囲気がまったく違ったのだ。
「なんというかなぁ、列をつくって並んでる様子からして違ってるんよ。私立と公立トップ校はあまり騒がしくしてないし、まっすぐ並んでて背筋もちゃんと伸びてるんよね。それが中堅公立になると、ガヤガヤしてるし、並び方にもだらけた雰囲気が出てるんよ。列が少し曲がったりしてて、最近の女の子はガニ股が多いけど、立ち方にもそれが出てるんやな」
この私立は小学校から大学まであるお嬢さま学校だというが、持ち物も違ったのだろうか。
「全然違ったわ。私立のほうは、ヴィトン、プラダ、シャネルなんかを持っててもケバくないし嫌味じゃないねん。さりげなーく金持ちって感じ。それが中堅公立だと、そのへんに買い物に行くみたいな格好で、美容院に行った方がえーんちゃうのみたいな人ばかり。ジャンパーとか、とにかく貧乏臭いんよ」
Aさんは本当にこの高校にしてよかったのかと、少し疑問を感じてしまったという。
「親が金を持ってるかどうかと子どもの頭のよさって、こんなにはっきりしてるもんなんやな。つくづく感じたわ」
これがAさんの結論だった。
勉強することは学校の文化に適応することだし、規律正しく行動することは社会に適応することだ。そして最近では学力を買うことができる。だから、知人がいうように、学力と経済力、そして規律正しさは強い相関を持つだろう。これまであまり語られてこなかったことだが、どの県の高校に行ったとしても同じような状況を観察することはできるはずだ。
教育と階層、階層と地域、その相関関係は確かに存在している。
(第2章「東京のなかで広がる格差の現実」より)
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